日本発の準天頂衛星「みちびき」

―着想から開発までかかわった田中正人さんに聞く―


 

 田中 正人(たなか まさと)さん

NICT(国立研究開発法人 情報通信研究機構)主管研究員

工学博士

電子情報通信学会フェロー


Q1 準天頂衛星の着想から教えてください。

 準天頂衛星の特徴はその衛星軌道にあります。準天頂衛星の着想についてお話しする前に、この軌道についてお話ししたいと思います。

 この軌道については、昭和47年(1972年)7月に当時の郵政省電波研究所(現在のNICT:国立研究開発法人情報通信研究機構)の高橋耕三氏が電波研究所季報に「人工衛星の軌道とそれに適したミッション」という論文を発表しています。この論文は、中緯度地域で高仰角を狙った軌道を提案していますので、準天頂軌道に関する世界初の論文と考えています。NICTの先輩に先見の明があったことを誇りに思います。

 

Q2  準天頂衛星とは、どのような衛星で、静止衛星と何が違い、どのような特徴があるのですか?

 静止衛星を打上げると、日本から衛星は仰角約45度の南の空に見えます。45度程度の仰角だと、自動車が都市部・住宅街を走行すると高いビルや狭い道路脇の家などで衛星からの電波が遮られてしまい、安定した通信を維持できません。(図1)。90度に近い仰角(準天頂)の衛星があればこのような問題を解決できます。これが、私達が提案した準天頂衛星通信システムです。

この衛星通信システムは、静止衛星と違い3機の衛星が交代で日本の真上に滞空することが必要ですが、必要な衛星の数は3機とコストがそれほど高くなくすみます。ほぼ真上から電波を受けることが可能となりますので、都市部での移動体通信に適用可能な衛星システムとなることが期待され、車などで高速に移動しても回線遮断のない高品質な通信・放送サービスの実現が可能になるのです。

 

 

 

図1 都市部での衛星仰角

 日本から静止衛星は仰角約45度の南の空に見えます。45度程度の仰角だと、自動車が都市部・住宅街を走行すると高いビルや狭い道路脇の家などで衛星からの電波が遮られてしまい、安定した通信を維持できませんが、90度に近い仰角(準天頂)の衛星があればこのような問題を解決できる。

 

 

Q3 準天頂衛星は8の字衛星とも呼ばれているそうですが?

 準天頂衛星の軌道は静止軌道を約45度傾斜させた円軌道であり、衛星の高度は静止衛星と同じ3万6千kmです(図2)。衛星は静止衛星と同じく地球の自転と同期して1日で軌道を1周回します。この衛星から地球を見た衛星直下点の軌跡は日本とオーストラリアの上空に輪がある「8の字」を描くことから「8の字衛星」とも呼んでいました(図3)。よって南半球のオーストラリアでも同じシステムを使って同様のサービスができるという利点もあります。衛星の進行方向は図3に矢印で示しています。日本に対して8の字衛星を使う場合は、図3の軌道上に等間隔で配置された3機の衛星を8時間毎に切り替えながら最も仰角が高くなる衛星を用いてサービスを行います。

 準天頂(8の字衛星)の仰角は東京・大阪など太平洋岸の大都市で約70度以上を確保でき、日本全国でも約65度以上を確保できます。衛星の数を増やすことにより、仰角は更に高くできます。例えば、衛星4機の場合は、東京で約80度、日本全国でも約70度以上の仰角を確保できます。

 

 

図2 準天頂衛星の軌道傾斜角は約45度

 準天頂衛星の軌道は静止軌道を約45度傾斜させた円軌道であり、衛星の高度は静止衛星と同じ3万6千km。

 

 

 

 

 

図3 衛星直下点の軌跡

 準天頂衛星は静止衛星と同じく地球の自転と同期して1日で軌道を1周回します。この衛星から地球を見た衛星直下点の軌跡は日本とオーストラリアの上空に輪がある「8の字」を描くことから「8の字衛星」とも呼んでいる。

 

図面出典:CRLニュース No.287 2000年2月

http://www.nict.go.jp/publication/CRL_News/0002/0002.html

 

Q4 準天頂衛星は、いつどのようなアイデア、経緯で誕生したのでしょうか?

 私は昭和57年(1982年)に郵政省電波研究所に入所し、第3衛星通信研究室に配属になりました。このころは光ファイバーが実用化され、衛星通信は光ファイバーに取って代わられる勢いでした。衛星通信に関しては、移動体を対象とするETS-V(技術試験衛星5型、1987年(昭和62)年8月打上 (http://www.jaxa.jp/projects/sat/ets5/index_j.html)に代表される移動体を対象にした衛星通信の研究が花盛りでした。ただ、ETS-Vが対象とする移動体は船舶と航空機であり、当時は陸上移動体(自動車)は対象外でした。衛星は高価であり、自動車へのサービスを対象としないと生き残れないのではないかと考えていました。

 1997年(平成9年)に鹿嶋宇宙通信センターに異動して宇宙通信技術研究室長になり、研究室の研究テーマとして自動車への衛星通信の実用化を模索していて、真上に停留している衛星があればよいのになあと思っていました。当時の高橋富士信鹿嶋センター長が、センターの研究活性化のために各研究室の研究交流会を実施することを提案され、その第1回目に、宇宙制御研究室の川瀬成一郎室長が日本の上空に8時間停留する衛星軌道の研究を行っていることを紹介していました。私は、「これだ!」と思い、宇宙制御研究室と共同して日本の上空に8時間停留する衛星の研究を進め、これを「準天頂衛星」と名付けました。更には、平成11年8月に「準天頂衛星システム検討委員会」を立ち上げ、準天頂衛星通信システムに必要な技術、サービス、ビジネスプラン、コンソーシアムの実現の可能性、適切な出資者の発掘を調査・検討し、この検討会の成果を広くアピールするために1999年(平成11年)11月に「準天頂衛星シンポジウム」を開催しました。

 これらの努力が実ったのか、当時の総務省宇宙通信政策課長の目にとまり、1999年に準天頂衛星に予算が付いて、開発がスタートしました。

 

Q5 失敗した衛星で準天頂衛星の有効性を実証したそうですが?

 その通りです。1998年(平成10年)に打上げられた通信放送技術衛星(COMETS)(http://www.jaxa.jp/projects/sat/comets/index_j.html)は、残念ながら静止軌道の投入に失敗し周回衛星となりました。しかし、このCOMETSの軌道は日によって衛星の仰角が変化し、最大で仰角80度以上となることが分かりました。これにより、80度以上の高仰角での衛星電波受信実験をCOMETSで行うことが可能となったのです。

実験場所は高層ビルの密集する東京丸ノ内を選びました。COMETSから送信された20GHz帯の電波を走行中の実験車で受信した際の受信レベルの変化の一例を図4に示します。

 

 

 

 

図4 COMETS衛星による衛星電波受信結果

 仰角80度ではブロッキングが大幅に改善され、ビルが密集した都市部においても回線遮断の非常に少ない高品質な通信が行えることが確認された。

 

 横軸が走行距離で、縦軸が受信電力です。上の図が静止衛星の仰角にほぼ等しい仰角47度の際の測定結果、下の図が準天頂衛星の仰角に相当する仰角80度の際の測定結果です。両方とも走行場所は同じです。仰角47度ではビルによる電波遮蔽(ブロッキング)の影響がかなりありますが、仰角80度ではブロッキングが大幅に改善され、ビルが密集した都市部においても回線遮断の非常に少ない高品質な通信が行えることが確認されました。

(参考文献 田中正人[特別講演] 「衛星プロジェクトの失敗経験」、電子情報通信学会AP研 2010.7.23)

 

Q6 準天頂衛星初号機「みちびき」は、2010(平成22)年9月に打上げられましたが、どのように利用されているでしょうか?また、通信よりも測位に力点がおかれているようですが、主なサービスは何をめざしているのでしょうか?

 準天頂衛星が、日本の天頂付近に常に1機以上見えるようにするためには、最低3機の衛星が必要となります。2010年(平成22年)に打上られた準天頂衛星初号機「みちびき」は、準天頂衛星システムの第1段階として技術実証・利用実証を行うことが目的です。その結果を評価した上で、3機の準天頂衛星によるシステム実証を実施する第2段階へ進むことになっています。

 私たちの準天頂衛星の出発点は、自動車に対する衛星通信を目指すものでしたが、準天頂衛星が衛星プロジェクトとして予算化された頃には、地上の携帯電話が急速に普及している時期で、自動車に対する通信サービスにも携帯電話で行われることが予想されました。

 一方、衛星による測位は米国のGPSが利用されていましたが、都市部ではビルなどのブロッキングによりGPS信号が受信できず、測位精度が確保できない問題がありました。準天頂衛星は、ビルなどのブロッキングを受けないため、GPSと組み合わせることにより都市部での測位精度の確保に役立ちます。さらには、GPS衛星は米軍の衛星であり、有事の際には測位精度を落とすような運用をすることから日本独自の測位衛星の必要性があると考えられます。これらを総合して、準天頂衛星を主に測位サービスに利用することになったと考えています。

なお、私たちは、当初自動車への通信サービスや測位サービスへの利用とともに、極域の観測にも利用できると提案しました。準天頂衛星を使えば、極域を斜め横から常時観測できます。今後は、測位サービス以外での利用も検討されることを期待します。

 

Q7 今後の打上計画と、将来的な利用やサービスなどについてお教えください。

 今後の打上計画などにつては、内閣府がWEBで公表しています。一部を簡単に紹介すると、

“測位衛星の補完機能(測位可能時間の拡大)、測位の精度や信頼性を向上させる補強機能やメッセージ機能等を有する準天頂衛星システムを整備します。2010年代後半を目途にまずは4機体制を整備し、将来的には持続測位が可能となる7機体制を目指す。”とあります。

 詳細は、内閣府のWEBサイト(http://www8.cao.go.jp/space/qzs/qzs.html)をご覧ください。

 

Q8 準天頂衛星が、具体的な衛星計画となり、2010年の初号機「みちびき」衛星となって打上げられ、まさに日本発のアイデアが実用衛星となりました。アイデアから、打上げまでのエピソードや裏話がありましたらお教えください。

 準天頂衛星の提案当時に、TV、新聞、雑誌等に取り上

図5)げられましたが、取材の際準天頂衛星がどのようなものか?なぜ8の字の軌道になるのか?を理解してもらうのに非常に苦労しました。そので、日本の上空に衛星がとどまる仕組みが直感的にわかる模型を製作(図5)して、それを使っての説明でようやく理解していただけたことを思い出します。

 また、ご説明したように、COMETS衛星の静止軌道失敗により周回軌道となり、急遽準天頂衛星軌道に近い軌道で高仰角の実験を実施すことになりました。この時、極めて短い時間で複雑な軌道計算や無指向性のアンテナなど、研究室のスタッフが徹夜で作業をしてくれたおかげで失敗を生かした大きな成果を得ることができました。また、衛星の静止軌道投入に失敗したにも拘わらず、当時の宇宙開発事業団のスタッフの方々が軌道修正作業など昼夜を問わず献身的な努力と協力をしてくださったことに心から感謝しております。

 準天頂衛星は、このような極めて困難な状況で研究者・技術者が最善の努力をした賜物であると思います。

 

 

 

 

 

 

図5 準天頂衛星の軌道模型

 準天頂衛星の軌道が8の字になることを理解してもらうために作成した模型