チェンライにてWPMC2018準備会合開催


Mae Fah Luang University キャンパスツアーで訪問したChiang Saen (チェンセーン) 様式の仏教礼拝堂

Lan Thong Chaloem Phra Kiat Vihara の前で記念撮影 右の車は学内を循環する電気カート

学内には、イスラム教礼拝所もあるそうで国際色豊かな大学です。

 

2018.06.04-06

  今回の、WPMC2018実行委員会との議論内容は、開催前、会期中および開催後の作業に分けて、プログラムの構成からオープニングでの基調講演者、招待講演者、Award Banguet、テクニカルツアー、開催後の財務処理、IEEE Xploreへの掲載など多岐にわたり、会場の下見を含め4日朝9時から6日午前中までの日程となりました。5日午前中には、学生と教授らへの講演会を要請され、30名ほどの聴講者に講義を行いました。最終日には、午前中の会議終了後、学長および副学長への表敬および意見交換を行い、その後学内の施設で行われた昼食会へ招待されました。

 最終日午後は、帰国便までの時間があったため大学のバンで周辺の観光スポットを車で紹介いただきました。

 本報告では、以下のような点についてご紹介します。

  • 準備会合の様子
  • 開催地チェンライの紹介と日本から渡航方法と入国VISAなど
  • チェンライ空港から市内、大学への行き方
  • ホスト機関である Mae Fah Universityの紹介とその名前の由来
  • 会議施設、宿泊施設の紹介
  • 情報工学部での講演
  • 学長・副学長への訪問
  • 大学周囲の観光スポット
  • Mae Fah Luangとも関連する黄金の三角地帯

  準備会合での議論の結果については、順次WPMC2018公式WEBで反映される予定です。なお、今回の訪問場所は、市街から離れた大学が主でしたので、市内のホテルや環境の情報などは不明ですので関連するWEBでお調べください。

 


準備会合の様子


 準備会合は、開催会場となるMae Fah Luang University(MFU)で4日午前9時から6日午前中まで、キャンパス視察、会場予定場所視察、講演、学長表敬、昼食などを挟んで行われました。

 会合参加者は、以下のようにWPMC運営員会側6名、WPMC2018実行委員会側9名です。WPMC運営員会協同議長であるProfessor Ramjee Prasad(Aarhus University) および Professor Peter Lindgren (Aarhus University)も参加しました。

 開催機関のメンバーは、Mae Fah Luang University(MFU) school of Information Technology (情報工学部)および King Mongkut's Institute of Technology Ladkrabang (KMITL)の研究スタッフでした。

 

WPMC運営委員会側

1.大森慎吾 WPMC運営委員会共同議長、YRP研究開発推進協会副会長、YRP国際連携研究所代表理事

2.浜口清  国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)ワイヤレスネットワーク総合研究センター長

3.浅岡圭輔 同横須賀管理グループ リーダ

4.神村美保 YRP研究開発推進協会

5.Professor Ramjee Prasad (Aarhus University)

6.Professor Peter Lindgren (Aarhus University)

 

WPMC2018実行委員会側

7. Dr. Teeravisit Laohapensaeng (Acting Dean, MFU), WPMC2018 General Co-chair

8. Dr. Worasak Rueangsirarak (Assistant Dean, MFU)

9. Asst. Prof. Dr. Punnarumol Temdee (Lecturer, MFU), WPMC2018 Technical Program Chair

10. Mr. Tew Hongthong (Lecturer, MFU)

11. Asst. Prof. Gp. Capt. Dr.Thongchai Yooyatiwong (Lecturer, MFU)

12. Dr. Nattapol Aunsri (Lecturer, MFU)

13. Dr. Chayapol Kamyod (Lecturer,MFU)

14. Assoc. Prof. Dr. Somsak Choomchuay (KMITL)

15. Dr. Satapom Phomwong (KMITL)

 

WPMC2018事前打合せのメンバー

MFU School of Information Technology (情報工学部)の事務室前で

左から参加者に記した番号で8、13、4、3、2、7、5、1、6、14、9、12

 

会議の様子。4日は情報工学部会議室で。

5日は、キャンパス内のWanasom Hotel近くの会議室(写真右下)で。

 

【会合開催場所】

 WPMC2018の開催場所は、チェンライ空港から北へ車で20分ほどのMae Fah Luang Universityです。開催会場も、大学内の施設です。 チェンライ、渡航の方法、メーファールアン大学、会場、周囲の環境など、実際の渡航体験をもとに各項目別にご紹介します。11月の会期中の、チェンライホテル空港からの移動手段、ホテル情報などについてはWPMC2018の公式WEBサイトで、参加登録費等などの最新情報としてアップされる予定ですのでご覧ください。

 のちにご紹介しますが、大学の会場までの交通手段については十分ご留意ください。市内のホテルから大学の会場までバスや徒歩で気軽に行くことは困難ですので、公式WEBで紹介される予定のWPMC2018用に用意される送迎バスがあるホテルに宿泊されることをお勧めします。

 


Chiang Rai (チェンライってどこ?)


 チェンマイなら名前を知っている方は多いと思いますが、チェンライは全く違う街です。チェンライと言うと通常チェンライ県庁が所在する街を言います。チェンライ県は、ミャンマー、ラオスと国境を接するタイ最北の地にあり、北部の3つの国境が接する地域は「ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)」として知られています。かつてタイ北部(古都チェンセーン)を統治したランナー王朝三代目の王セーンプーによって1329年再建されたタイ最古の都です。西南に隣接するチェンマイ県は、タイ第2の大都市で、名前の通りランナータイ王朝時代最後の新しい街(チェンマイ)でした。「チェン」とは、中国語由来の言葉で、本来「城」を意味し、「街」とか「城市」とかいう意味で使用されているそうです。        

 チェンライは、チェンマイなどと共に現在も「ランナー文化」と称されるタイ北部独自の文化・伝統が色濃く残り、メコン川のほとりにあるチェンセーンには、ランナー王朝時代の遺跡群が残り、チェンライ市内には美しい寺院や文化施設が数多くあります。一方、自然豊かなチェンライ北部の山岳地帯には、さまざまな山岳少数民族や旧中国国民党軍の子孫などが暮らし、王室の別荘地があることでも知られています。チェンライの標高は、400mから500m程度で、山岳地帯は1,600m程度だそうですが、冬でも雪が降らないそうです。


チェンライへはどのように行くの?


【チェンライへの航空便】

 日本からは、チェンライへの直行便はありませんので、6時間ほどで到着するバンコクのスワンナプーム国際空港で国内便に乗継ぐのが良いでしょう。バンコクからチェンライ空港までの飛行時間は、約1時間半ほどです。日本ーバンコク便も、バンコクーチェンライ便もLCC含め多くの便があります。国際便はスワンナプーム国際空港に発着しますので、乗継のバンコクーチェンライ便もスワンナプーム空港発着便を選んでください。

 乗継時間は、同じ空港なので2時間程度で大丈夫ですが、国内便と国際便の航空会社が異なる場合(提携していない場合)は注意が必要です。スワンナプーム空港で荷物を受け取り、入国通関手続きのあと国内乗継便航空会社のカウンターでチェックインする手続きが必要になります。さらに、国内便発着ゲートと航空機間はバス移動の場合がありますので3時間程度の余裕を見たほうが安心と思います。帰国の際も同様です。

 余談ですが、バンコク-チェンライの便はタイ国際航空(TG)のSmile Airways(WE)というブランドで運航されています。搭乗券にはTGのコードTG便名が記載されていても、発着便表示ボードではWEと表示されることがあるようですご注意ください。

 

【入国ビザ】

 日本国のパスポートはビザが不要(観光30日以内)ですが、パスポートの有効期限残が6か月以上必要です。WPMCなど国際研究集会の場合、入国カードにConference, meetingなどと記載しても観光扱いで問題ありません。

 日本国以外のパスポートについては、下記のタイ王国大使館の情報を事前にチェックしてください。

http://site.thaiembassy.jp/jp/visa/prepare/

 また、入国ビザが必要な方は、ビザ申請に招聘状が必要と思いますので、WPMC2018の公式WEBをご覧になり必要な手続きをお願いします。

 

【通貨、時差、電圧】 

 タイの通貨は、バーツです。現在の為替レートは1バーツ約3.5円です。チェンライ空港にも両替所やATMがあります。電圧は250Vです。

 

(左)バンコク スワンナプーム空港でチェンライへの出発便がタイ航空の場合、カウンターはオレンジ色のSmileへ行ってください。

(右)機体にもオレンジ色でSmileと書かれています。タイ国際航空の運航するブランド名のようです。

 

(左)スワンナプーム空港での出発便表示はTG 2134(一番下)ですが、

(右)搭乗口での表示は、Smile WE 134になっていました。送迎を依頼する際などご注意ください。

 

【チェンライ空港に到着したら会場あるいはホテルへは?】

 チェンライ空港は、チェンライ市街の北約10kmにある小さな国際空港です。到着後、荷物を受け取りロビーへでると民族楽器の生演奏が歓迎してくれました。ロビーには、航空会社のカウンター、銀行、ATMや売店、SIMを売る通信会社のカウンターなどがあります。

 空港から、市内および大学へはタクシーが無難です。空港に路線バスはありません。WPMC2018開催期間前後を含めて会期中は、大学内の会場と空港および市内の幾つかの指定ホテルと同会場を連絡するバスを用意するそうですので、近日WPMC2018公式WEBにアップされると思います。

 

(左から)

・チェンライ空港の正式名称は、Mae Fah Luang International Airportです。中国に近いので中国語で「泰国皇太后国際機場」の表記も。この意味も後程ご紹介します。

・荷物を受け取ってロビーにでると、民族音楽の生演奏で歓迎されます。

・SIMも手に入りますし、レンタカーもあります。因みにタイでは、車は日本と同じ左通行右ハンドルです。

・タクシーは、値段交渉するものと、メータ制の2種類ありますのでお好みで選ぶことができます。外に出ると、メータ・タクシー乗り場があります。

 


Mae Fah Luang Univeriryとは?


【どのような大学か?】

 Mae Fah Luang University(メーファールアン大学)は、タイ北部の医療、教育環境向上のため1998年9月に創設された国立大学で医学部、看護学部、理学、工学などを擁する総合大学です。現在、約1万5千名の学生が在籍しています。キャンパスは極めて広大で、約8キロ平米(240万坪:山手線内の約8分の1の広さ)にも及び、学生数は約1万5千人。法学部など特別な課目以外総ての講義が英語で行われている国際的な大学です。

 本年、400の病床数をもつ附属病院がキャンパスの近くにオープンする予定だそうです。今年が創立20周年で、昨年開設20周年記念式典を実施したYRPが1年早く誕生していますが、ほぼ同時期に開設されています。新し大学ですが、既に国際的にも評価の高い大学と成長しているようです。

 

【名前の由来】

 チェンライ空港の正式名称も「Mae Fah Luang」が付いていました。実は、この地域に深く関係する名称でした。「Mae Fah Luang」とは「王子の母」との意味で、のちに国王となるラーマ8世およびラーマ9世(2016年逝去したプミポン国王)の母であるシーナカリン王太后 (Sinagarindra the Princess Mother of Thailand、1900.10-1995.7)への感謝、親しみ、敬意を込めた尊称だそうです。チェンライ空港の中国語表記では「皇太后」となっています。

 晩年、シーナカリンはチェンライの北部地域に大きく関心を寄せ、山岳民族を訪ねて回り、また無料で山岳を巡回する医師達の活動を支援するなど多くの慈善事業に参加しています。また、ドーイトゥン宮殿を建て、そこに行くのを楽しみともしていたそうです。山岳地帯を愛し、医師達の活動を支援したのは、かつてスイスに滞在していたこと、自身が看護婦であったことや「タイの医療の父」と呼ばれる夫(ソンクラーナカリン王子)の影響が大きかったのかも知れません。

 チェンライで、 Mae Fah Luangを話題にすると喜ばれそうです。

 

【キャンパスと開催会場】

  開催会場は、空港からさらに北にあるMae Fah Luang大学内のM Square(下のキャンパス地図の紫色部分)のE Park (Education Park Building)です。本大学は想像を超えた広大なキャンパスを有しますがWPMC2018は総てこのE Parkビルで行われます。E Park ビル内には、フードセンター、コンビニエンスストア、コーヒーショップ、文房具、書籍などの売店、ATMもあり会議参加中に不自由することはないと思います。

  Mae Fah Luang大学までは、チェンライ空港から国道(パポンヨーティン通)に面した大学入口まで約12㎞、車で約15分ほどの距離で市街地からは17kmほど、車で約25分のところあります。

 会場となるE Parkビルは、国道に面した大学入口から約2㎞ありますので、市街地のホテルは勿論、国道に面した大学近くのホテルでも、とても歩ける距離ではありません。大学近くのホテルを予約する際には十分ご留意ください。送迎バスが準備されるホテルを予約するのが良いと思います。

 なお、キャンパス内は、ゴルフカートのような電気カートが定期的に運行されています。

MFUのキャンパス地図

 WPMC2018開催会場は、M Square(紫色)のE Parkビルです。地図左上にピンク色で表示されているWanawesおよびWanasomへの矢印がありますが、Visitor用の宿泊施設です。Wanawesへは会場から車で5分ほど、さらに車で5分ほど行くとWanasom Hotelがあります。いづれも、徒歩では無理そうです。

 

(左から)

・ E Parkビルから見た大学正面。タイ国旗が見える芝生広場がAward Banquetの青空会場の予定。

・ 会場となるE Parkビル

・オープニング式典が行われる予定の会議室

・一般セッションが行われる会議室と、参加登録受付、コーヒーブレイクに使われるホワイエ

(左から)

・ E Parkビルには、コーヒーショップ

・大学グッズ売り場

・M Store:本、文房具売り場

・セブンイレブンなどがあり、滞在中に必要なものは手に入ります。

 

【キャンパス内のWansomホテル】

  キャンパス内には大学が経営するゲスト用宿泊施設であるWanawes/HouseResidenceとWansomホテルがあります

 今回、我々はWansomに宿泊しました。深い森の樹々に包まれた高原の別荘のような雰囲気で、鳥のさえずりで目覚めるような素晴らしい環境です。しかし、同じキャンパス内の会場までは4kmほどありますし、夜は真っ暗で途中には店もないので徒歩は無理です。フロントに依頼するとキャンパス内をサービスしている電気カートが来てくれるようです。リゾートのような環境を味わいたい方にはお勧めです

 

(上段左から) 

・Wansomホテルの受付のある建物。まるでジャングルの屋敷のようです。

・フロントの壁には、Mae Fah Luangの肖像画がありました。

・部屋は木の床で広く落ち着いています。浴室もありwi-Fiも利用できます。

・部屋にはバルコニーがあり、豊かな緑のなかに湖(人造湖だと思います)を望めます。

(下段左から) 

・Wanasomを外から眺めたものです。

・そばにはプールがあります。奥が5日に会議をした建物です。

・食事は、受付の建物の隣にある開放的な建物で。

・朝食は、タイ料理、エッグ&ソーセーから選びます。パン、ジュース、コーヒーがありました。

 

 


情報工学部での講演


 今回の準備会合に先立ち、情報工学部で先生や学生への講演を依頼されていました。そこで、5日の午前中、情報工学部の教室で以下の5名が、各20-30分程度YRPの紹介、人類の歴史にインパクトを与えた衛星通信、NICTの最近の研究開発動向、Aahus大学での研究成果と産業化をつなぐ産学連携のプログラムなど各々20-30分程度の発表をして質疑を行いました。

1.神村美保 YRP研究開発推進協会

2.大森慎吾 WPMC運営委員会共同議長、YRP研究開発推進協会副会長、YRP国際連携研究所代表理事

3.浜口清  国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)ワイヤレスネットワーク総合研究センター長

4.Professor Peter Lindgren (Aarhus University)

5.Professor Ramjee Prasad (Aarhus University) 

 

5日の午前中に、情報工学部の教室で行われた講演会風景

約30名ほどが参加し、質疑応答のあと学部長から発表した5名にMFUの記念品が贈られました。

 


学長、副学長への表敬と昼食会


 6日の午前中に、WPMC2018のHonarary ChairであるAssoc. Prof. Dr. Vanchai Sirichana学長と、General ChairであるAssoc. Prof. Dr. Chayaporn Wattanasiriを学長室へ表敬し、意見交換しました。学長は、日本との連携を強く要望し、ICT分野においても日本からの研究教育指導者(先生方)の中長期の滞在を強く要望しておりました。研究教育に使命感と熱意がありご関心のある方は是非ご連絡ください。

 その後、来賓用のレストランでの昼食に招待されました。

 

学長室での学長(前列左から2番目)と副学長(前列左端)への表敬・意見交換のあとは来賓用のレストランで昼食に招待されました。

 


大学近くの観光スポットへ


 学長および副学長への表敬、昼食会のあと、帰国便までの時間を利用して、現地委員会が大学近隣の3つの観光スポットを駆け足で案内してくれました。いずれも、歴史的な遺跡などではなく、最近建造された寺院などでしたが多くの観光客が訪れる一見の価値があるところでした。

 チェンライの観光情報や基本情報は、タイ政府観光庁の公式WEBサイトをご覧ください。

 

【Baan Dam Museum (バーンダム ;黒い家)】

 市街から北へ13kmほどにある。タイを代表する、前衛美術の革新的アーティストとして世界に名を馳せた美術の巨匠であるタワン・ダッチャニー(Thawan Duchanee、1939.2- 2014.9) が創った施設。タワン・ダッチャニーは、「白い寺」の創設者であるコーシッピパット氏の師匠にあたります。

  広い敷地には、黒を基調として多くの建物があり、内部には作品や収集品が展示されています。また、敷地内には、作品である多くの建造物が展示されていました。作品や収集品は、一般人の理解を超えているような感じで、人によりかなり印象や評価が分かれそうな気がしました。入場料は無料でした。

 

【Wat Rong Khun (ワット ロン・クン ;白い寺)】

  チェンライの街の中心地から南西へ約12km、車で20分程進んだ所にある「白い寺」といわれる「ワット・ロンクン」は、白一色で統一された寺院でした。タイで有名なアーティストであるチャルムチャイ・コーシッピパット氏Chalermchai Kositpipat、1955.2-)が建てた寺院で、1997年に建設されたそうです。芸術作品かとも思われる見事なお寺で一見の価値はあると思います。観光資源のような建造物ですが、外国人は有料(50バーツ)ですがタイ人は入場無料ですので信仰心の篤いタイではお寺として存在しているようです。

 

【Wat Rong Sua Ten(ワット ロンスアテン;青い寺)】

 チェンライ市街から空港方向である北へ約4km、大学へ向かう国道から左手に少し入った場所にあります。この寺院は、「白い寺」を建築したチャルーンチャイ・コーシピパット氏の弟子であるスラーノック(プッター・ガープケオ)氏が古いお寺を改修して建築され、2016年に完成した新しいお寺だそうです。仏教や神話をモチーフにしており、熟練した職人の感性と技が生み出す独特な寺院です。

 大師匠であるタワン・ダッチャニー(黒い家)の弟子コーシッピパット(白い寺)、さらにコーシッピパット(白い寺)の弟子が作った寺(青い寺)だけあって、大師匠から弟子、孫弟子と極めて芸術的、前衛的なお寺でした。

 

左から、「黒い家」、「白い寺」そして「青い寺」。大師匠、その弟子、さらに孫弟子と

一連の芸術的な、そして極めて前衛的、野心的な作品群です。

 


ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)


 「Mae Fah Luang」の意味はご紹介しましたが、ゴールデン・トライアングルにも関連がありますので簡単にご紹介しましょう。

 チェンライから北へ70kmほどの山岳地帯は、タイ、ラオスおよびミャンマー国境がメコン川で接する地帯はゴールデン・トライアングルと呼ばれ、かつては世界最大のケシ栽培地帯で麻薬密造地帯でした。

 この地域では、19世紀から麻薬原料のケシ栽培が始まり、第二次世界大戦後の中国内の国共戦争の結果、中華人民共和国の成立により国を追われた中国国民党残党軍がこの地域に入り、少数民族を率いて「半独立国」を形成して麻薬を活動資金源にしたそうです。その後、ミャンマーでは国民党残党に代わりビルマ共産党が麻薬を資金源として当時のビルマ政府に武装闘争を展開、ミャンマーの政情不安に付け込む形で麻薬が産業化していったようです。

 タイ王国は、シーナカリン王太后(Mae Fah Luangと呼ばれ、ラマ8世とラマ9世の母)が、ケシから茶やコーヒー栽培への転換を奨励するなど麻薬撲滅を進めるとともに、タイ国では厳しい麻薬の取締りも実施してきています。このような努力で、タイ北部では麻薬生産はほぼ消滅したと言われ、最近では観光地として多くの観光客が訪れるようになっています。

 現在では、国民党村とも呼ばれる標高1600mほどの山岳地帯のドイ・メーサロン村では元中国国民党系の子孫や山岳民族たちがお茶やコーヒー、マカデミアンナッツ、トウモロコシ、ライチなどを栽培し、ジャスミン茶は最高級品として知られるまでになっているそうです。コーヒーも特産品だそうで、学長、副学長への表敬の際もチェンライ産のコーヒーが出され、美味しいでしょうと自慢していました。